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新シリーズ 創業150年に向けて「弊社の足跡をたどる」

2016年5月30日 月曜日

第1回  「ニコライ堂」  
  
正式名称  東京復活大聖堂教会
所  在 地  東京都千代田区神田駿河台4-1-3
着      工  1884年(明治17年)
竣      工  1891年(明治24年)
設      計  ミハイル・シュチュールポフ氏【原設計】
               ジョサイヤ・コンドル博士【実施設計】
  
※関東大震災(1923年)により鐘楼・ドームが倒壊、建築士岡田信一郎の指揮の下  
およそ6年の歳月をかけて復興、これが現在のニコライ堂となっている。  
※日本では有数のビザンチン様式の建築で、1962年に国の重要文化財に指定。  
  
弊社発行の「私史大澤塗装株式会社100年」に弊社とニコライ堂の関係につき以下の記述があります。  
  
『初代源太郎が神田駿河台のニコライ堂塗装工事を」完成したのが、明治7年12月のことである。  
(註 今のニコライ堂は明治24年3月8日に増築したもの)現在のニコライ堂は設計はコンドル博士となっているが、  
塗装工事は仏人、デスカスの監督のもとに初代源太郎が腕を揮ったものである。  
その塗装工事が非常に上出来で好評を博し、これが縁となって独乙大使館、西郷従道侯邸、などの  
塗装を引き受けた。』  


『源太郎はニコライ堂の仕事をやるようになった明治七年に横浜から麹町に移り住んだのだが、八年には  
飯田町六丁目現富士見町二丁目に移って、大隈邸の仕事をやり次いで駿河台の戸田氏共子爵の仕事も  
して、仕事は漸次手広くなっていった。』 
 
  
どうやら、弊社のルーツはこのニコライ堂の仕事を契機としてたどることが出来そうであります。そんなわけで  
ニコライ堂を訪問し当時を偲んでみようと思い立ちました。

DSCN0475 解説
DSCN0483 降誕協会

  
礼拝堂で係員の女性の大変丁寧なガイドを20分ばかり受け、異国異教の雰囲気にズッポリと包まれ  
建て替えはされてしまいましたが、当時の初代源太郎はじめ職人たちが腕を振るっていた現場を想像しました。  
係員の方にも今回の訪問の趣旨を伝えたところ、大変興味を持って頂き、司祭様までご紹介頂きお話を  
することが出来ましたが、残念ながらニコライ堂においても過去の資料などはきちんと保管されていないようで  
弊社の社史の補足をすることは出来ませんでした。

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